2008年02月26日

ペット保険の動向A

日本のペット保険は1980年代に任意団体として設立されたが当初運営が粗雑なことに加え加入者の意識レベルの低さとペットビジネスを食い物にした悪質な業者らにより当時社会問題となり一旦は日本から姿を消していた。しかし、1998年頃からペットの家族化と共に医療の新しい分野の担い手として役割を期待され再び設立された。しかし、一度失った信用を取り戻すのには時間がかかりなかなか普及に至らなかった。
しかし全てが自由診療のペット医療に人間同様の保険制度の確立は難しく、診療報酬と診療行為の正当化の見極めも大きな課題であった。しかし、それよりもっと難しい壁は「健康なペットに対して保険料を支払う」という意識がペットユーザーにないことがそもそも保険としての役割を否定することに繋がっていた。
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2008年02月24日

ペット保険の動向@

20041227THR-W02.jpgいよいよこの4月1日より保険業法の改訂で「ペット保険」と呼ばれていた「ペットの医療補償制度」は転換期を迎える。これに伴い日本初のペット保険の総合代理店として活動を続けてきた「とんとんハウス」も新制度への対応を着々と準備を進めててきた。業界最大手の「アニコム」は損害保険会社として、第3位の「日本アニマル倶楽部」は少額短期保険事業者へとすでに免許がおり、今後これらの保険を取り扱いにはそれぞれに定められた資格が必要となる。当社ではこれらにいち早く対応できるように2006年より準備を進めて参りました。今後も新しいペット保険についてより一層の発展に貢献できるように頑張って参ります。
今後ペット保険に求められるものは、ただ医療費が安くなるからと言う時代ではなく、より一層、質の高い専門的なQUALITYの高い医療を追い続けるためにペット保険が必要となる時代が来るからです。
左の写真は、股関節形成不全のため、歩行不能となった大型犬の股関節を人口の股関節に全置換した最新医療のレントゲンです。この股関節形成不全では様々な治療方法が取り入れられていますが、やはり運動機能を最大限に回復させ走る悦びを取り戻せる治療は人口股関節以外は対処療法の域にあります。
これらの医療については明日以降にゆっくりとご説明します。
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2008年02月23日

パートナー

tobi.jpg動物達との生活の魅力とは何であろうか?
それは「絶対に裏切らない」という一言に尽きると思う。
私たち人間と共に暮らす動物はペットと呼ばれた伴侶動物すなわち「パートナーアニマル」、使役動物と呼ばれる「アシスタントアニマル」、そして家畜の大きく3つに分けることが出来る。
ペットもアシスタントアニマルも大きな枠組みではパートナーと言う関係となる。
私たちが暮らしや仕事の中で人間同士パートナーシップを組むときには互いの信頼関係に加えて互いの同意が大前提である。しかし動物達とパートナー関係を組むときには殆どが人間の一方的な意志の元で生活を強要していることになる。しかし、彼ら動物達はそれでも私たちをパートナーとして信頼し絶対に裏切らない。その事を私たち人間はもっと重要な問題として考えなくてはならない。
動物達が人間と暮らす事が何の苦労もなく過ごしているわけではない。少なくても人間の世界で暮らして行くための環境に合わせて生きていかなければならないのだ。
「愛情とは互いに努力して育てていくもの」という言葉がある。彼らパートナーアニマル達はまさしく私たちの生活に適合するように努力しているのである。しかし、そこから生まれた愛情はかけがえのない絶対的な信頼関係の中で成り立ち大きく育てられていく。そして動物達は駆け引きにより裏切ることを絶対にしない。
なぜ、動物達は裏切らないのであろうか?
それは、澄んだ真っ直ぐな心を持ち合わせているからだけではなく、裏切りはすぐイコール「死」。生きていくすべをなくすからである。それが動物の掟だからだ。
人間同士のパートナーはそうではない。
「裏切り」というのは、人間として絶対にやってはいけない行為であることは誰もが理解していることである。
しかし、時として人間は自分の利益の目的だけで、また、単なる一時的な感情だけで人を傷つけパートナーを簡単に平気で「裏切る」ことが出来る人もいる。そしてもっと怖いのは「自分が言っている言葉と裏腹に裏切り相手を攻撃する」そんなことも出来るからである。
私は動物達との暮らしを手本に真っ直ぐに生きていくだけが取り柄の人間であるが、しかし私も例外ではなく、仕事上でのパートナーから裏切りの洗礼を受けた。
自分とは関係のないところで、私とプロジェクトを立ち上げようとしている相手に必要以上に嫌がらせの電話をしているらしい。私をつぶすことだけに力を注いでる彼に対し何とも言い切れないやりきれなさを感じている。それは彼にとっても決してプラスではなくマイナスにしかならない事を気づいて欲しいと思っている。

今日写真で紹介する末っ子「とび丸君」も、色々難しい事は分からないフリをしているだけで、実際には一生懸命家族の一員として信頼関係の構築に努力しているのだろう。
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2008年02月13日

今年一番の寒さ

今日は、本当に寒かった。今年一番の冷え込みだという。
でも、それを知ってか知らぬか我が家のわんこ達は家の中でぬくぬくとしている。
人間と一緒の生活を当たり前としているこの子らに外犬や野良犬たちがどうしてこの寒さをしのいでいるのかを知るよしもないだろう。あんまり気持ちよさそうにしているので「一日外犬体験」なんてものをコイツらに提案してやろうかとも考えている・・・・・・・・・・
こうした犬たちはもう、野生環境に近い所で生きていくのは無理になってきている。
そうしてしまったのは私たち人間のせいではあるが、一度そうなってしまったペットに対する責任は大きい。
かと言って、それじゃ慣らせばいいと言う理屈は現代の日本、特に首都圏地域では難しい。
犬達自身の身体も精神面も、もうそういう生活が出来なくなってしまっているからだ。それがある日突然「じゃあ、キミは今日から外犬ね」と人間の都合でしてしまうのは、今度は動物虐待以外何事でもなくなる。
いずれにしても、彼らから希望したわけではないところへ私たちの都合で生活環境を与えたからには最期まで責任を持つことが重要であるが、環境の変化にペットは弱いと言うのを飼い主となった以上理解するべきであろう。
その代わり彼らは安住の地と食べ物を保証されたのだから、今度は共同生活者としてのマナーと責任も発生しているのだが、それはペットと飼い主双方が認識してこそ初めて真の共生が始まる事になる。
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2008年02月12日

洞爺湖サミットとワンワン?

今年夏洞爺湖サミットで警備が薄くなる東京都心部ではテロの危険性が一層高まったという。それもサミットの警備に警視庁をはじめとする各県警に応援要請があったからだ。東京代々木警察署では地元の飼い犬13頭を集め今日、ワンワンパトロール隊なるものを発足させた。
現在ペットとして飼われているイヌは1800万頭を超えていると言われているがその多くの飼い主は癒しのため、可愛いから、家族と同じだからと言う理由であるが、未だ根強く「犬を飼うのは防犯のため」「猫を飼うのはネズミ対策」という意見が数パーセント以上も占めている。
しかし、公的な役所である警察が警察犬以外の一般ペット、しかも小型のMダックスフンドやパピオンといった愛玩犬にテロ防止のパトロールを依頼するのはちょっといかがなものかと思うのは私だけであろうか?
まして、こんな事されれば「警察犬の立場ってちゅうのがないじゃないか?
 
確かにわんわんパトロールはそれなりの効果が得られる。
しかし、役所が率先して行うべきものではないことは明らかである。
万一、事故が起きた際には誰がどう責任を取るのか責任の所在を明確にしてもらいたい。これは単に警察の人気取りに使われた以外何事でもないことを伝えておきたい。
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2008年02月09日

命の大切さを・・・・

私がアニマルコンサルタントとしてライフワークとしているパートナーアニマル達の命の問題は、様々な事情により東京にあるNPO法人へ業務が移管されることになりそうでることを皆さんにお伝えしておかなければならない。しかし、業務移管と言っても私自身もこの事業の責任者として招かれていることから私の理念に基づいた活動そのものが無くなるわけではなく、より多くの人々に対し活動をアピールしさらなるペット達のQUALITY OF LIFE WHICH ANIMAL’Sを促進させるためのものにしていきたいと思っております。
 
私がペットの命の問題、そしてコミュニケーションの問題は、人が人として生きていく上で大切なものを常に与え続けてくれている。
 
先日、死刑執行について異論を唱えたが、勿論、罫の重さを軽んじているわけではないし、死刑囚を許しているわけでもない。
しかし、私たちは「人は、どんな理由であろうとも人の命を奪ってはならない。」と、ずっと長い間、学校でも社会でもそう教わってきたはずだ。にもかかわらず、国の制度として人が人を殺していくと言うことを実際に子供達に教育現場でどう教えていくのであろうか。
 
刑を執行する彼らもまた、被害者であるうちにこの事を解決していかなければ取り返しのつかないことになる。 それは、彼らも心の葛藤から逃れるためにもし、快感に変わったとしたらどうなるであろうか。また、死刑執行に携わりたいと職業を選ぶものが出てきたとしたらどうするのだろう。
 
こうした死刑を促進し「見せしめ」としていくことより、動物達の生きていくすばらしさを説いていく方が余程、命の大切さを伝えられ、健全な社会形成に役立つものであることは私たちは今までの経験からしっかりと学んできたのだ。
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2008年02月07日

死刑執行

体調が悪くなかなかUpできずにいた。少し前の2月1日になるが今年初めて、鳩山現法相下で2回目となる死刑執行が3人の死刑囚に対し執行された。
私は命を扱う仕事に従事している関係上、死刑制度については一貫して反対の立場であることは先にお伝えしておきたい。
しかしこの国で刑法の殺人罪の最高刑は死刑であり、最高刑として死刑に変わる懲罰が存在しないのも事実で賛否両論あることは言うまでもない。
極刑に値する犯罪者にとって死刑は反対するべきものではないのかも知れないが、刑の執行にあたりそこでも人が人を殺める行為が歴然と存在し、受刑者・罫務執行者双方に家族もあることを忘れてはならない。
法務大臣は執行命令書に「はんこ」を付けば過ぎてしまうが、職務とは言え人を殺めた人は一生それを心の傷として背負わなければならない事は前から危惧していた。
その危惧した事態がやはり現実のものとして起きていた事を今回の事件で初めて明らかになった。
執行当日朝、刑場となった拘置所前に死刑死制度に反対する団体が抗議活動を行った。
これは、本来、絶対の機密である執行に関わる情報が担当する執行官から内部告発されたものだ。
憤りのない思いと、恐怖、そして重圧が執行官の行動として為されたのだ。
これは今こそ私達は死刑という名の偽正義をまとった人殺しに歯止めを掛けなければならないと思う。
太平洋戦争で日本兵として戦った多くの人々が未だに心に傷を被い助けを求めているのは多くの報道で知られているとおりだ。
しかし半世紀経った今でも何も変わらずに同じ事を権力者は命じているのだ。
自分の家族が執行という名の殺人に関わったと知れば幼い子供を含む家族もまた広い意味で犠牲者となり、恨みも買う事になるであろう。
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