2007年12月18日

犬と猫の献血運動を始動

優が死んでもうすぐ今度の土曜日で2ヶ月になる。
優は今の動物医療についてたくさんの課題を残していった。私自身、2002年に勇気という愛犬が死んだ時には気がつかなかった動物医療の重要な課題を今回は思い知らされた。
2002年に勇気が死んだ際にも末期は腎不全から来る重度な貧血のため輸血により命を存えた経緯はあったが、その時には私自身が血眼になり血液、献血動物確保に走り回ることはなかった。廃れたと言えどもそれが大学病院の最後のプライドであろう。
しかし、今回は違った。
入院当日から輸血を開始しなければならないが、そのための血液確保は病院では出来なかった?
本当に準備できなかったのか、それとも助かる可能性が低い動物に対して優先的に回すまでとは言わないが緊急時の予備的血液を使いたくなかったという方が本心ではなかろうか?
いずれにしても一般のペットユーザーにとって献血動物を確保、そして日程に応じて手配するのは不可能に近いと言えよう。
私に課せられた最大の使命は「動物救命医療用の献血システム之構築である」と確信した。
私が副理事長を務めるNPOの理事長に相談したところ二つ返事で思う存分に仕事をしてみろと言われた。
早速年内から準備に取りかかり日本一の動物献血システムを来年には構築したいと考えている。
一方、優は最後まで胸水抜去をせずに苦しんだと認識している。病院側も極度の貧血が怖かったのでリスクから胸水の抜去はしなかったと今でも説明している。ところが病院から届いた請求書の診療明細には死亡した前日に胸水抜去の処置に対する手数料が組み込まれていた。
posted by とんとん at 23:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年12月02日

お正月の「日刊新民報」へ

ことしも地元の老舗新聞「日刊新民報」のお正月特集号への原稿依頼が届いた。
「日刊新民報」と言えば優を保護した直後「動物救急医療の光と影」という連載を掲載させてもらった新聞社でしばらく連絡が途絶えていた。
優が死んだ直後、編集長から直々に電話があり原稿の依頼があった。感傷に浸っていた私は「これはきっと優の導きに違いない」と思いこんだが、冷静に分析してみれば正月号と言う観点から今回の医療問題、そして生死の問題をテーマにするわけにも行かない。
そうだ、私に求められているのは独特の視点から繰り広げる政治ものを望まれている事に気付かされた。
それでもも優の生きた証については再度編集長へ頼んでみるつもりである。
それでは正月の「日刊新民報」へ掲載される原稿のほんの一部をご紹介しよう。

あけましておめでとうございます。年頭にあたりこの一年間が皆様方にとり御多幸と御活躍の年となりますように心よりお祈り申し上げます。

さて昨年を振り返れば臨時国会を自ら召集し所信を表明したものの、直後に「もう、や〜めた!」とばかりに、審議入りは疎か代表質問さえもさせず、電撃的且つ衝撃的な前代未聞の辞任劇を演じた阿部さんには、かつて「政界のプリンス」と呼ばれた面影は何処にもなかった。

 徹夜をしたかどうかは知らないが意気揚々と代表質問の準備が整った処でドタキャンさけた野党各党の党首達もさすがこれには別の意味で疲れ切った顔で惘れていた。どうせ辞めるのであれば何故「国会招集前に・・・」、「所信表明前に・・・」辞めたければ辞めればよかったのだ。

斯くして国会は約一ヶ月の間、総理大臣不在により否応なしに空転することとなった。

 

そして気付いて見れば棚ぼた式に落ちてきた総理の椅子には、嘗て兄弟(注1を参照)と呼ばれたことにより官邸を追われた彼が日本国総理大臣として座っていた。官邸の廊下で「アイムソウリ・アイムソウリ」と嬉しそうに自分で呟きながら報道陣をかき分けながら歩いている彼の背中には、笑顔とは裏腹に寂しさがにじみ出ていた。かつて兄弟と言われたが為に官房長官の職を辞さなければならなかった彼が、その問題が解決する間もなく総理大臣まで上り詰めたのは並々ならぬ努力の賜物か?  はたまたこの国固有の美しい「兄弟愛」の神秘か? 恐らく兄弟達は「支え合いの精神」の下で一致団結し、兄弟皆で力を合わせ、彼を総理へと導いたのであろう。  凡人の私には理解できないことが多いが悲しくもこれが日本に於ける国政の現状である。彼らには今一度、この「兄弟」と呼ばれた言葉の重さをしっかりと噛みしめて欲しい。そうだ未だ年金問題は、ほとぼりが冷めるどころか相次ぐ社会保険庁の不祥事が次々と発覚しこれほど社会的に問題視されている時代、まさか兄弟から総理大臣が生まれた事に相当の違和感を覚えたのは私だけか? 

それにしても一体この国の国民達はこういう事に対し無頓着なのか冷めやすいのかしらないが抵抗という感は全く無かったのだろうか?
posted by とんとん at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年11月30日

ペット保険について

当社で扱っている所謂「ペット保険」(ペットの医療保障)に対して監督官庁を装って嫌がらせのメールが届いた。
大体検討はついてているが・・・・
現在当社で取り扱っている商品は、俗に言う無認可共済ではなく「特定保険事業者」が取り扱っている商品が主体である。
来年4月までに少額短期保険事業者、もしくは損保への移行が求められる。
当社も準備が進んでおり、すでに少額短期保険募集人資格等を取得すると当時に定款変更も済んでいる
posted by とんとん at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年11月19日

結局タコ管だけ

自分自身の手術が結果的にあのとき起こったことを自ら体験し一つ一つ分析していくことになるとは夢にも考えていなかった。
人のIVH点滴セットにはフィルターを着けることが一般適になっている。しかし、フィルターは不純物は取り除けるもののエアに関しては対象外となっている。結果的にエアが取り除ける安全装置は点滴ポンプ(シリンダー式を除く)とタコ管と言われる小さな豆粒ほどのタコに似た点滴の先にあるチューブを変形させたものだけと言うことになる。
ご存じの方も多いと思うが、あのタコ管で吸収出来るエアはせいぜい小さな気泡2つ分くらいであろう。優の点滴チューブのエアはその何十倍に上っていたがそれでも、そのタコ管さえも着けられいてなかったのである。
エアは人間の血管内に入った場合、約20ccが致死量と言われている。体重から管から得た場合でも猫ならその1/30〜1/40程度と考えるのが妥当な線と言ったところであろう。
そしてなぜ、即死で無かった優の生命に危機的状況が生まれたかという点であるが、これは2つの点が関係していると思われる。
1つは、肺で吸収しきれるはずであったエア量すれすれであったと思われるが、すでに優の体力は弱り切り、その後の呼吸苦を招いていた。これは私が喘息発作のようになったときと同じ状態であった。男の私があれほど苦しくなったのであるから小さく体力の無い優であるから体力勝負となれば持つはずがない。
2つ目に死亡まで時間を引き延ばした理由は、優はすでに酸素室、ICUの中にいたという点である。
呼吸不全を起こした優がかろうじて一日持ちこたえたのは酸素室のおかげである。
posted by とんとん at 23:55| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記

2007年11月17日

肺での吸収

CTで応急処置をしたまま病棟へ帰りIVHをすぐに確認する。
改めて破裂のすさまじさを感じさせられた。
それもそのはずだ。あれほど大型のCTの機械と私が全身にそれを被ったのだから・・・・・
 
確かに事故の際と移動中にチューブ内にエアーが混入したらしい。
若干の空気であれば肺で吸収する仕組みは以前、S教授からも話があったとおりで私もそれほど心配してはいなかった。
20分もたったあたりからであろうか。
喘息の時のスウー、スウー感が強くなり咳が出始めた。
次第に咳は深くなりコンコンコンコンと続け様に出始めた。
私は起きていることも辛くなり、ベットへ横になるが息さえもどんどん苦しくなってきている。
「辛い」
その一言である。
その時に脳裏に浮かんだのは優のことである。
比較的まだ体力がある私がエアーによりこれだけ苦しんでいるのだ。これがあの時、体力が弱り切った優にあれだけのエアーが入ればたとえ肺で吸収できるような量であってもそれを乗り切るだけの体力は優には無かったのであろう。
この経験から改めて優の死んだ原因が点滴のエアーである事に確信が持てた。
posted by とんとん at 11:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年11月15日

点滴チューブの破裂

11月6日、私は手術を控え精密検査の一つである3D立体CT映像が映し出されるCTAという検査に望んだ。
普段から血管が出にくく点滴や注射がしにくい私に対し主治医は手術をにらんで鎖骨下から心臓へ直接チューブを通す中心静脈点滴いわゆるIVHをつなぎこれを介してCTAで必要とする造影剤の注入を試みた。最もIVHを利用した背景には胆嚢炎の発作を少なくするための絶食も目的としている。
鎖骨下に局所麻酔の注射を打ち、いよいよ太い針を刺しその中を細い中部を血管伝いに心臓へ向け管を探りながら進めていく。その途中、刺激的な痛みが走る。Drは「うんっ、と。・・・ ちょっと引っかかたかな、進まないぞ・・・・」と突っつく。 私はその都度グッとくる痛みを我慢しながら「嘘だろ痛いよう。先生下手じゃん」と心の中で叫びながら耐えていたのである。
「入ったぞ。これでおしまい。痛くないだろ?」と言われるものの「痛い」とはいえず苦笑いしながら「ちょっと違和感があるんですけど・・・・・」するとDrは若干ムッとしたのか「液も落ちているし大丈夫。完璧と一人で納得しながら帰って行った。
しかし、マジの話、痛いし漏れている感じやさっきからツッコンツッコンやっていたところがコロコロと突っかかっている感じは否めなかった。

胸につっかかりを感じるがおそらく先ほど入った挿入の際に血管を傷つけたのではないかと感じられた。私があまりにも「痛い痛い」というものだから仕方なくレントゲンを撮ることになった。
私自身かつてIVH挿入時に事故を経験しそれが深夜まで検査さえも行われず放置されあわや命を落とすところだった経験からとりあえずレントゲンさえ撮れば安心という考えもあった。撮影の結果、特に以上は認められず恐らく最初のツコンツコンやったことの刺激が痛みとリンクしていたのであろう。
 
それから1~2時間後CTAの検査のため放射線課へ呼ばれた。
本来この検査は入院前に行われるはずであったが私の場合、血管が非常に出にくいという事から失敗しいてるため今回改めて血管確保をIVHでした後に行う2度目のチャレンジ出会った。
CT室には入りベットへ固定され点滴の側管へ造影剤注射用のポンプから来るチューブを接続する。
「ちょっとこの検査苦しいかもしれませんができるだけ今日1発で、やり直ししないでやりたいのでちょっと頑張ってください。」と検査技師が言いながら検査が始まった。
最初はお決まり通り普通の腹部CT撮影。それが終わると同時に「続けて造影剤が入りますから体がもの凄く熱くなりますから苦しくなったり気分が悪くなったらすぐ教えてください。デモできるだけリトライなしで行きたいので頑張ってください。」と・・・・ 「おいおい言っていることがちょっと矛盾しているんじゃないか? 具合がが悪くなったらすぐ知らせるのか? それともガマンするのかはっきりせんか!」と心の中で呟いていたが検査はそれとは関係なしで始められている。
CTの機械に体が入り動き続ける中、青白く緑色のランプに照らされた造影剤が入ったシリンジポンプがゆっくりと作動し始めた。シリンシの中を除くと温度変化のせいか少しではあるが気泡も確認できた。いやな予感の中身体の中がポッと熱くなるかならないかの次の瞬間
「バッーン」
というもの凄い爆発音にも似た破裂音と共にあるはずのない出来事がそこに起こった。
「痛い」
中心静脈へ直接繋がっているIVHが引きちぎられそうに引っ張られた次の瞬間生暖かい造影剤が頭の上からすごい勢いで降ってきた。
私はもちろんウン千万とするCTA機械も造影剤をびっしょりと被った。
「うん、大丈夫ですか? 何処が外れた?」と言いながら検査技師と看護師さんが入ってきて、チューブの以上を調べる。「何処も外れていないんだけれど・・・・・・・ あっあ、これかちょっとまずいな、ほら、ここ破裂しちゃってるよ!」と、胸にほど近い位置でちぎれかけたIVHのチューブを見つけた。
「点滴チューブならここで何とかなるけどIVHだからすぐ病棟で処置してもらって、急いで・・・・・」
チューブが破裂した瞬間にエアが入ったのかなんだか胸のあたりが喘息のように「スウー、スウー」してきた。
看護師さんと検査できでビニールテープや絆創膏で直ちに応急処置に入る。
エアーの進入と注射液の漏れを少しでも食い止めるため念入りに何重にもテープでギリギリ巻きにしていく

「こうしておけば少し大丈夫だから」
と言う声が聞こえるが
「もう大丈夫じゃないって・・・・・・、  エアっだって入っちゃったし・・・・」

と私は心の中で叫んでいた。
すると驚くべき言葉に私は耳を疑った。

「ある程度は、こうなるって予想できていたんだけどね」
「予想できた?」
意外であった。
「やっぱり圧に耐えられなかったんだ・・・・」
と続くが、この破裂がたまたま身体の外側の部分で起きたのは不幸中の幸いでこれがもし、心臓近くの中心静脈の中で破裂したかもしれないと考えると筋がぞっうーと寒くなった。
 
この事態が予想できたとはどういう事か・・・・
 
それはこうだ。
 
この検査では撮影中に造影剤を一気に体内へ入れる。
そう言えば外来で「この検査ね18G(ゲージ)って言う太い針じゃないと絶対にだめなんだって検査室からそう言われているから・・・・」太い針であるためなかなか血管に入れることが出来ない看護師さんが申し訳なさそうに言っていたのを思い出した。
 
確かにIVHは持続用の点滴を目的としているのに加え、中心静脈を心臓付近まで挿入していくことからチューブ自身極めて細く作られている。
 末梢チューブが細いところへ無理矢理シリンジポンプで圧力をかければ破裂して当然の結果であろう。しかしこれがもし、心臓の近くでなくとも、血管内で破裂し先端がちぎれた場合ただ事では済むはずもなく、まして予想できた事態であるとの一言は私的には許せない出来事である。
posted by とんとん at 18:07| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記

2007年11月12日

身をもって

先週末、私自身の胆嚢炎の手術は終わり今は腹部を中心とした激しい痛みが私を苦しめているが、優が体験した苦しみを考えれば非常な虚しさだけをただ、ただ噛みしめている。今日は痛みと格闘しながら術後初めてベットで起き仕事を始める。「辛い」「痛い」のただそれだけしか言葉に出来ない。
ただ傷や胆嚢があった付近の痛みは理解できるが、胃から食道にかけての焼けるような痛みは尋常ではない。自分の体なので一番判るがただ事ではない何事かが起きていることは間違いないと感じている。ドクターにも幾度となく話してはみたがどうも親身になってくれない。
話は変わるが今回自分が手術を受け優の死んでいった真相を掴みかけた気がする。
点滴チューブのエアはやはり優が死んだ一番の原因であると確信が持てた。
一つは機械だより、特に輸液ポンプの構造を理解していないというお粗末さ。
もう一つは管理。
自分で得た情報を確認さえすることなく他人へ任せるという病院体制。

最後の一つはこれが起きるとどうなるということを順序立ててきちんと組み立てられる能力に欠けること。言い換えれば流れの中の経過ではなくポジション毎のぶつ切り管理実態であろう。
まさか、これらを身をもって体験し真相に近づけるとは私自身思いもしなかったが、IVHのとある事故でエアが体内に挿入したときの危険性とどういう症状を現すのかを理解することが出来た。
これについては、また明日以降に詳しく述べたい。

posted by とんとん at 21:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年11月06日

入院

今度は自分の番だ。胆石からなる「胆嚢炎」で暫く入院させられることになる。最も下腹部のあたりの激痛はもう限界をとっくに超え食事も満足に取れない状況でそろそろ観念するしかないのだろう。
けれど考えようによっては良い結果かもしれない。最近忙しくてデスクワークが疎かになり資料作りやパソコンデータの整理がたまりに溜まっている。入院すれば営業廻りが出来ない代わりに集中してこの機会にしか出来ないことをしようと思うが9日に手術を受けることになっている。
とんとん.comもオープンから2ヶ月。今までのデータを下に新たな経営戦略を練るのも与えられた機会と考えよう。
そう言えば数日前に新聞社から正月特別号の原稿依頼が舞い込んできた。普段であればこの忙しさからなかなか執筆も出来ないがこれも快く引き受けることにした。そう言えば優が我が家へ来た一昨年の夏、動物の救急救命医療の特集を連載させてもらった新聞社で今回また優が逝った直後にこんな話が飛び込んできたのは巡り合わせであろう。正月気分を害さないようなタッチでこうした重い課題にも取り組んで逝ければいいなあと思っている。
優の問題、そして助けられなかった経緯についても病院でゆっくり考えながらまとめて行きたい。
posted by とんとん at 03:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年11月04日

死亡時刻

10月22日・午前8時35分。これが優の病院側からの死亡時間である。
しかし、この時刻は院長が人工呼吸器の停止と心臓マッサージの中止を指示し、それらを中止した後に優の心臓と呼吸が完全に停止していることを確認した謂わば死亡を正式に確認した時刻である。
私は前にも触れたように優が実際に死んで逝ったのは午前7時55分以前の時間であると確信している。病院にいながら誰にも気が付かれず息を引き取った優の気持ちと恐怖を考えれば想像を絶するぐらい怖さの中で死んで逝ったのではないかと思う。
6時の回診の時点で優は「口からよだれを流し、少し泡を吹いていた」とi獣医は言った。
それから約2時間、適切な処置と治療は何一つ取られることなく死亡していったのだ。
悲しいけれど、これが動物医療の最前線の実態である。国立の某大学病院では夜間帯の巡視は無くこの様な事態があり得ることを承知の上で入院して下さいとまで公表しているのだ。
posted by とんとん at 20:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年11月03日

肺塞栓?・・・S教授から

 優が旅立ってから10日が過ぎ、初めて月替わりを迎えた。初七日に納骨する予定であった優の遺骨は四十九日までは家に置くことになった。恐らく四十九日になっても優とは離れることは今は考えられない状態である。それは「優の寿命は本当に、あの10月22日の午前8時前であったのか?」ということを優が残したメッセージをひとつひとつ紐解きながら私なりの答えをみつけるまでこの問題に終止符を打ち安心して優を送り出してやることは出来ないでいると思う。それがどの位の時間がかかるものなのかは私にも分からないがもう二度と優のような納得の行かない死に方をする子をなくすためにも不可欠な道であり優が残した私への課題であると考える。俗に言う単なるペットロスとは異質なもので優の死期が近づいていた事については十分に理解している。昨日はA大学獣医科のS教授に優の最期の疑問点についてお話しを聞かせてもらった。

 今回ポイントとなる点はいくつかあるのだが、「前日、立って見せるまで回復していた優が何故、僅か一晩で死に至ったのか?」という点である。そして私自身どうしても後悔から抜け出せない「前日の点滴チューブのエアー混入」である。まず驚かされたのは24日に病院長の口から「シリンジ型の注射ポンプの使用時にエアが混入した際、自動的にポンプが停止せずに、そのままエアを注射してしまう事を知らなかった」という。確かに通常点滴に於ける点滴ポンプでは薬液、若しくは血液を一旦機械内部を通って送り出されるためにエアが混入したとしてもポンプ本体が検知し安全が保たれる仕組みになっている。一方シリンジポンプではシリンダピストンを一定速度で押しし出すことにより注射量の調整を自動化する仕組みであり薬液や血液をポンプ自身が監視する機構はどこにも付いていない。それを知らなかったと言うのであるが、見れば分かるようにシリンジの注射口から患者の針先まで機械を通る処など、どこにも無く何処かのセンサーが反応して自動的に危険を知らせる仕組みでないことは見れば誰でも分かることであろう。しかし、この病院は「今回、新宮さんから指摘されるまで気が付かない事でした。メーカーに問い合わせたらエアが混入しても停まらない事が分かりました。」と説明したのだ。

 そこで本題のエア発見後の対処であるが、当直の石川獣医師は私からの指摘を受け「すぐにスタッフにエアを抜くように指示した」と言うのだが、実際に誰がどの時点で、どの位の量のエアを抜いたのかは未だに明確にされていない。この点については再度、病院側に診療記録の開示を求め説明を受けようと考えている。なぜ私が拘るかと言えば、私自身エアが抜かれるまでを確認してから帰る義務があったと思うし、その時点で完全に医療過誤である認識を持っていれば2回目の面会時に再び輸血に気泡が入っていたと言うことはあり得ない話であったと考えている。これは明らかに私を含めて人災であり優の死期を早めた責任は大きく私にもあると自らも責めている。

 S教授によれば確かに優の病気は難しい「急性リンパ性白血病」もしくは「リンパ腫による急性白血病」と診断され治療も難しくやはり輸血や抗ガン剤による対処療法的な延命で発症後の余命は6ヶ月から3年程度とされている。しかし優の場合、発症から僅か7日間のいう早さで死に至った。その一方で前日の輸血後には立って私の処までこようとしていたのだ。結局これが優の残した最後のメッセージである。私はこれを何としても受け止める義務があり今回S教授とお会いしたのもここのところについて専門的な意見を伺いたかったからもある。

 まずエア混入であるが、入ったエアがチューブの長さで約10cmと言うレベルは、中大型犬であれば肺で吸収できる量である。しかし身体が小さな猫の場合、致死量としては微妙なところであるがショック死を誘発するまでには至らないであろう。次に優のケースであるが急性白血病によるDIVすなわち重度な貧血状態に加え呼吸器官にも負担がかかり弱っていたと推測される。当然酸素吸入を行っているのであるから呼吸不全を起こしていたことは間違いない。しかし前日立っていられる状態であったものが死亡したということを総合的に判断した場合、最初の10cmのエアが肺塞栓を起こさせた可能性は大きく、弱っている優の肺ではそれを吸収する体力がなかったのであろうと考えるのが一番自然な説明が付くという。要するに体力のある猫であれば乗り切れた今回の事故も体力のない
優にすれば致命傷になった。これを死因として確定させるためには死亡後の解剖するしかないのであるが優の遺体の安置期間についてはその日のうちに病院長に連絡してあったのだが結局それを自ら解明する気はなかったのであろう。しかしエアが実際に体内に入ったのか入らなかったのかは、誰が、何時、誰の指示で、とうやって、どの位の量のエアを抜き、その後どう対処したのかと云うことを明確に調査することにより明らかにすることは出来る。

 本来、私がその時点でここまで確認していればこんな後悔は存在しなかったし、こんなに早く優を失う事もあり得無かったと痛感し、優には謝りようのない過ちを犯してしまった。
だから私もここは優に説明するためにも真実を見付けなければならない。
ちなみにS教授はガンの権威で優の死んだ病院の院長の学会認定医でもある。

話を10月21日(日)に戻そう。
優の輸血は19日(金)を除き入院した15日を含めると最後21日のミミちゃんまで合計6回が行われ12頭ものニャンコ達に協力してもらい最期まで輸血を続ける事が出来た。その反面、猫の輸血の難しさや問題点も多々勉強させられた。
その辺の話も優が最後に残した課題であろう。
posted by とんとん at 00:13| Comment(26) | TrackBack(0) | 日記

2007年10月29日

やりきれなさ

優が旅立って逝ってからちょうど一週間。それまでの一週間とまるで別の世界にいるようだ。先週までの一週間。それの前の一週間も別の世界に感じる。優が旅立つまで血眼になり優の輸血用の血液を探し続けていた。ちょうど先週の月曜日、朝8時はとっくに回った頃、恐らく14〜5分頃であったと思うが携帯電話が鳴った。優に献血してくれるチビちゃん達3頭のネコをお迎えに行く途中、しかもチビちゃんの家まであと2分とかからない処まで来ていた。
「優ちゃんをお預かりしている〇〇〇〇動物病院の当直医ですが、優ちゃんが急変して呼吸が苦しそうなのですぐにこちらの方へ来て頂きたいのですが・・・・」と、言う電話に私は今置かれている事情を説明した。「優へ今日献血してくれるネコちゃんのお迎えに来ている処なのですが、飼い主さんも出かけてしまうので今連れて行かないと今日の輸血が無理になります。」
すると「でも、呼吸の状態がとても良くないのでこちらを優先して頂きたい・・・・・」と当直医は言った。
しかし考えてみればその時点で既に優は息を引き取っていたのである。
危篤。
心肺停止。
それなら、何故すぐにその事を知らせないのか?
今になりそれは怒りへと変化している。
その時の私は優が心肺停止状態であることを夢にも考えてなかった。
容体が悪化して呼吸が乱れている程度に考えていた。そうなると持ち替えした時に輸血の血液がなければ助かるものも助からず反って死に追い込む様な気がして、その地点からさらに1分という距離もあり急いでチビちゃんを迎えに行った。
それから15分後病院に辿り着いた。
病院の扉は既に空けられ中にはいると落ち着いた雰囲気の中で暫くお待ち下さいとロビーで数分待たされその時間が優の死を否定している様な感じさえしていた。
もちろんその時まだ私は優が既に死亡していることを知らずにいたからだ
posted by とんとん at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年10月28日

初七日

優が死んでもう初七日を迎えた。
しかし、優の死に対して未だに受け入れられない自分と、優の死の究明に必至な自分が葛藤し、それで居ても何処かからかヒョコッと「にゅー」と言いながら優が出てきそうな気ばかりに何事にも集中できずにいる。
そうしたことも原因の一つで優の最後がどうであったかという革新的な部分に到達できずいる。
しかし、昨日も触れたが22日朝7:55時点では急変に気づいたのではなく「優が死んでいるのに気づいた」というところが本当のことであろう。
しかし、法律的に言っても、恐らく病院側の言い分にしても「呼吸停止」をその時点で見付け「人口蘇生」を行った。その後に死亡確認を8:35にしたという原則論を貫くであろう。だから「心肺停止」を発見したのではなく、「呼吸停止」という言葉に固執しているのであろう。悲しいことではあるが当時の当直医に対し院長はその部分についてはしっかりと言い含めているようだが角度を変えた質問に時々戸惑い言葉が詰まる姿が象徴的でもあった。
担当した若い女医さんは数日間ですっかり銷沈し急激に増えた白髪が、院内の雰囲気を伝えているようにも感じられ、可愛そうにさえ思えてならなかった。
しかしその病院の雰囲気は「優を死なせてしまい本当に悔しい」という悔しさは感じ取れなかった。
15日、優がR動物病院に担ぎ込まれた時すでにDICという重度の貧血を意味する状態であった。しかし、意識もハッキリとし「ユウ」と呼べば「ニュー」と応えてくれる状態であった。入院当時、ヘモグロビンや赤血球、血小板など大変低い値であった。そして白血球の数は10000を超えたあたりであった。貧血に対しての対処療法として即効性があるのは何と言っても輸血である。
犬の場合サイズも超大型犬が居ることから比較的簡単(簡単ではないがそれなりのネットワークと飼い主さん自体比較的容易に協力してもらえるケースが多い)に入手することが出来るが、猫の場合は飼い主自体が病院へ連れてくることに対し抵抗感が強く、またシステムとしても猫の輸血に対し積極的なシステムを取り入れている動物医療機関は日本にはまだ存在しない。
この猫の輸血が日本の動物医療の実態(特に高度医療)を表している。
輸血が出来るか出来ないかはこの病気に対しては命の分け目となる。
優に対しては「血液不足では絶対に死なせない」という私の堅い決意の下でその日から輸血を開始した。まず兄弟である以上当然と言うことで我が家の飼い猫である「とび丸」と「虹瑚」に白羽の矢が立った。
posted by とんとん at 22:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年10月27日

金と命***ニャン生の時間***

優の最後に疑問を抱かざるを得ない状況は説明を受ければ受ける程に大きさを増してきた。しかし、最後の処置が的確に施されたとしても優が5年、10年と生き続けられたとも言えない状況であることは理解している。優はFeLV(猫ウイルス性白血病)のキャリアであり、急性白血病などこの病気自身の発症の他に悪性リンパ腫や各種のガンなど免疫系に対して非常に大きなリスクを持ち合わせ爆弾を背中に背負って生きてきたようなものであることは客観的には理解している。ただ、毎日元気で走り回っている優を見ていると、つい、「もしかしてこの子陰転したんじゃないのかな?」と、希望的な観測の下で時に錯覚してしまうのが飼い主の悲しいところでもある。その間、当然の如くウイルスは侵蝕し優の骨髄と身体を蝕まれていっていたのだ。
それでも最後の一週間の治療と最後の急処置が適切に行われていたらこんなに早い優の死は無かったと確信している。もちろん私自身の勇気のなさも含めての話ではあるが、たとえ5年、10年と生きられなかったとしてもあと2年、3年は生きて行かれたと今でもそう思っている。

一般的に猫は生後1歳までに人と換算して18歳まで成長し、以降は1年間に7歳ずつ年をとると云われている。優はあと少しで3歳になるので人間で言う1年間は猫にとって7年にも値する。これが2〜3年生きられると言うことであれば人にすれば14〜21年間にもなり、ニャン生から換算しても1/5以上の歳月になる。

入院した日に担当医から
「この子の治療には高額な医療費がかかります。たとえそれだけ掛けたとしても助からない場合もありますし、たとえ助かったとしても恐らく半年から3年くらいしか生きられない確立が高いです。・・・・・・・」
ペットの高度医療を受けられたことのない人にとって初めて見るこの言葉は驚きに捉えるだろう。
「お金がかかります。沢山の医療費が必要です」
「でも、これだけ払っても死ぬことはあります」
「たとえお金をいっぱいかけ、今は助けられても半年〜3年位しか持ちませんよ」
「この子死んじゃったらそのお金無駄になりますけど、それでももったいないと思いませんか?」
要するにこういう事が言いたいのだが、良い動物病院と評価され居てる病院程こうした傾向は強くなる。これは今の動物病院に於ける所謂「インフォームドコンセント」と言われるものの実態を表している。本来治療方針の決定は「その患者(動物)にとってどんな治療が一番有効で効果が高いか」、「この子にとって最適な治療とは何か」と言うことだけを考えて決定されるべきものであるが、悲しくも民法上ペットはものであり、動物病院もまた飼い主の懐事情だけを見つめた修理やに徹してしまっている。「この子にとって・・・・・」と言う一番大切な部分だけを考えた動物医療を実現できる医療環境こそがこれからのパートナーアニマル(伴侶動物)達を支える時代に必要とされている。

そうだ、最近の凶悪犯罪が起きる前の傾向を見ると必ずと言ってよいくらい小動物に対しての虐待や虐殺が起きている。これは明らかに命に対しての考え方というか、私達が普段から接する身近な命との接し方からはずれてしまった人々が多くなってきたせいであろう。 交通事故で瀕死の猫を子供達が動物病院へかつぎ込んできたとしよう。「せんせい、この猫助けて下さい。先生よろしくお願いします。」と子供達は泣きながら獣医に頼む。しかし獣医から出てきた言葉は
「この猫だれの?」
「だれがお金払うの?」
「飼い主が無くお金払ってくれる人がいないなら安楽死かな」
これでは命の尊さなど子供達に感じ、身につけろと言うことそのものに無理があろう。
しかし、これが多くの動物病院で行われている実態なのである。

話はだいぶ逸れたが優の最後を辿ると明らかに時間的矛盾と問題点が見え隠れしている。
死亡時刻を8:35としているが、これは最後に死亡を確認した時間であり実際には7:55以前に死亡していた可能性が大きい。7:55に異変に気づき蘇生措置を開始したと述べているが恐らく死亡したしたいに人口蘇生を行っていることになる。なぜなら優が死んだのは7:35から7:50と推定されるからである。
そのほか前日までに処置にも極めて矛盾した書類が出てきているのだ。
posted by とんとん at 19:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年10月25日

優の死に新たな疑問

今日、院長との面会のため正午過ぎに再び病院を訪れた。暫くして、診察室に呼ばれる。
そこには院長の他に主治医である女医と優の死亡当日の宿直していたという獣医師の3名が同席した。
まず優の病状の急変と死亡に至った経過について説明を求めた。
当直医から「優ちゅんの呼吸が止まったのは7:55で、呼吸が止まっているのに気づいたのは7:55.それからすぐに人工呼吸器を装着のため人口挿管をし心停止を確認しました。」との説明である。
それでは7:55に呼吸が止まったのか?
それとも7:55に呼吸が止まっている事に気づいたのか?
極めて明確で無いたため「呼吸が止まった瞬間を確認したのかですか?」と私は少々しつこく問いただしてみると「いえ、7:55に見た時に呼吸が止まっていることに気づきました」と誰も居ないところで死んだことを実質的に明らかとなった。
なんて事だ。
ICUに入院させている優が人知れず一人で死んでいったのだ。
点滴を管理するモニターや警報はあっても呼吸や心拍数を管理するモニターは装着されていなかったのだ。
わたしは今日のところは極めて冷静でない。
これ以降の経緯については明日以降時系列を整理して述べていきたいと思う。
posted by とんとん at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年10月24日

近くに居そうで

優の葬儀を終え1日たった。
どこかその辺から「ミューー」と言いながら優が出てくる気がして仕方ない。
「納得の行く死とはあり得ない」と判っているが・・・・
普通の場合「時間が徐々に解消してくれる」。
私も仕事柄お客様に対してはそのような対応をしているのだが、引っかかり部分に真実がベールに覆われているのなら時間と共にその疑問は大きさを増すばかりであろう。
今回の優のケースは正に真実を明らかにしなければいけないケースと言えよう。もちろんそれを解消したところで優は帰ってこないし私の気持ちが癒されることもないのは分かっている。
今回の疑問点について正面から病院にぶつけ院長の見解を明確に求める事にし優が死んだ日の夕方、文書で事実関係の説明を求めた。
すると、「院長から院長外来で説明するから院長外来を予約してください」との回答があったが遺族感情から言えば院長外来に予約して来いというのは心情的にも筋が違うと思う。まして死の説明をするのに外来予約とは聞いた話ではない。
しかも、その連絡を受けた電話ではそれにとどまらない。
優が入院してから死亡するまでの7日間分の入院治療費が50万円を超えますという請求付きの電話であり、やはり死に至った経緯に納得の行っていない私でなくても遺族感情を配慮する以前の問題として命の現場の意識が低いといえるであろう。
本来であればその動物病院名を明らかに公表したいのであるが、法律的な問題からそれをやってしまえばこの経過について皆さんにご報告する事さえも閉ざされてしまう。
仰せの通り明日正午に院長外来を予約したので、真相に少しでも近づけたらといいなと思っている。
今回、私が最大の疑問点は三つで
1、呼吸困難を起こす前に胸水抜去を説明しながら呼吸不全に至るまでそれらがなされなかった。
2、点滴チューブにエアが混入し、その指摘を受けながら同じ日に輸血のチューブにもエアが混じっていた点。
3、急変にあまりにも不可解な点があり、蘇生中の面会を認めなかった点。
以上三点から総合的な関わりを時系列から早期に整理する事により、密室状態の動物病院で何があったのか、真実に近づけると確信し明日の院長説明に期待している。
posted by とんとん at 23:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年10月23日

優を応援して下さった皆様有難うございました。

優を応援してくださった沢山の皆様本当に有難うございました。
優は昨日10/22の朝8:35に永眠しました。
10/15に重度な貧血で入医院して以来、沢山のネコちゃん、そして沢山の方々の善意により入院期間中1日を除き6回の輸血を受け、21日には立てるようになりましたが突然22日朝呼吸困難を起こし人口蘇生の甲斐もなく永眠しました。しかし沢山のネコちゃんの協力もあり最後まで血液を輸血することが出来たのでQ,O,Lは保たれ優は皆さんに感謝していると思います。
ただ、今回の優の治療と急変に至った経緯、そして現在猫たちが置かれている動物医療の問題点などが明確となってきた部分もあり、これはこれからの動物達を助けていくためにも解決していきたいと思っており、それが私に与えられた優からの課題であるとも考えています。
今後もこのブログ上からもこれらの報告と情報の開示をしていきたいと思います。
posted by とんとん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年10月21日

輸血の難しさ

優が輸血を受けるようになり早1週間。
金曜日を除き今日まで6回の輸血が続けられた。
検査結果はやはり「急性白血病」とショックなものであった。抗ガン剤の治療も開始したが効果がみられず数値と全身状況は悪化している。現在の優の命はまさしく輸血に頼っている状態である。今日まで9頭のネコと飼い主さんに支えられてきた。今後のことを含めるとすごく不安でならない。血液の切れ目が命の分かれ道とならないように私自身もっと努力しなくてはならないが・・・・・。

どうか猫を飼っている方で協力して頂ける方がいましたらご一報下さい。
電話 090-2566-4541 メールshingu@tonton-aic.jp

根本的な治療として骨髄移植も視野に入れたいと思っている。
それについてはまた、明日以降触れよう。
posted by とんとん at 18:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年10月19日

猫の献血のお願い

月曜日に優が倒れて早四日経つが毎日の輸血用血液確保が日に日に難しさを増してきた。
初日と二日目は我が家の猫兄弟に頼み、三日目には頼んだ二頭の二頭共が血液検査をすると健康状態に問題が見つかり急遽差し替えるというハプニングも発生した。そして四日目の今日はまた知り合いの猫に助けてもらい乗り切った。
輸血の甲斐あってか優の状態は落ち着いてきているが、もし輸血できない事態になれば命の危険にさらされる。
猫の輸血の難しさを実感させられている。

ここで猫献血のお願い。
1歳から7歳までの健康な猫で献血ボランティアをしていただける猫と飼い主さんを募集しています。
今回は健康診断をさせていただいた後に約40ccの献血をお願いしております。
検査費用等はすべて当方で負担いたします。
どうぞご協力お願いいたします。
お問い合わせご連絡は
tel 090-2566-4541 または shingu@ton2-inc.jpへお願いします。

posted by とんとん at 01:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年10月15日

優・緊急入院

我が家には7名の4つ足の家族がいる。
長女が虎猫の愛。長男は黄ラブの大地。次女はスコティシュフォールドの虹瑚。次男がチョコラブの大和。三女が交通事故から奇跡の生還、野良からの脱出したミケ子こと優。三男はやんちゃなチョコラブ海。そして末っ子四男はチョイミケスコティシュのとび丸君だ。

きのうから三女優の元気がない。
いつもと明らかに違う。
この子は生まれてから交通事故に遭う生後7ヶ月までは筋金入りの野良の子であったらしくなかなか警戒心も強くストレスにも弱い。
ましてFeLv(ウイルス性猫白血病)のキャリアでもある。
朝、8:30昨日から引き続き元気がないが、日向ぼっこしているため取り敢えず仕事に行く。しかし途中で気になり14:00には自宅へ帰ってみる。
優はグッタリしている。
これはただごとではない。
我慢強い優がグッタリし「優ちゃん」と呼ぶと「ミュー」とか細い声で助けを呼ぶ。
すぐさま近くの動物医療センターへ急患として担ぎ込む。
検査をすること約2時間。
脱水、と重症な貧血で生命の危機は明確である。
この状態への対処では輸血が特効薬であるがそれには供血猫が不可欠である。
取り敢えず家に帰り兄弟達を呼び集めヘルプ。
今日は、一番小さなとび丸。明日は次女の虹瑚が献血してもらうこととなり検査をした。
猫の献血は犬以上に難しいと初めての体験であった。
夕方遅くにはとび丸から40ccの血液をもらい優に輸血が開始された。
posted by とんとん at 20:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年09月24日

30000年のロマン

今日は本社が休みにも拘わらずマンモスの印鑑創り。
今回、いいマンモスの印材を手に入れることが出来、ここからが僕の腕の見せどころ。
「マンモス」=「ゾウ」
と言う人がいる。
確かにそれは言えているけど「だけど・マンモス」「されど・マンモス」
マンモスにはロマンがあり、今あるもの以外には絶対に増えるものではなく希少性も高い。
マンモス独特の良さについては次回に書こうと思う。
posted by とんとん at 23:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記